トラウマの一種「複雑性PTSD」が、職場での孤立や“生きづらさ”に

公開日:2019.11.22

更新日:2019.12.6

トラウマの一種「複雑性PTSD」が、職場での孤立や“生きづらさ”に

トラウマ症状のひとつ、「複雑性PTSD」をテーマに、臨床傾聴士の加納由絵さんが、心を回復させるための方法をアドバイス。連載第3回目のテーマは、「職場での生きづらさ」です。コミュニケーションが苦手で、急な仕事に対処できない、人や仕事に対してストレスや不安感がある。そんな目に見えない“生きづらさ”を手放す方法をご紹介します。

この記事の監修

加納由絵(かのうよしえ)さん

臨床傾聴士。複雑性PTSDピアサポートグループ「お話カフェ ゆもりな」を主宰。自身も「マルトリートメント被害」から、長年“生きづらさ”を感じてきた。40代半ばから、自らのために認知行動療法や心理療法、脳科学などを学び、現在は同じように“生きづらさ”を感じている人たちをサポート。個人カウンセリングも行う。上智大学グリーフケア研究所人材養成講座修了。

強い思い込み、潜在的な不安に縛られる「複雑性PTSD」

 (18140)

あなたが、もし上司からコピーを頼まれて、使い方の分からない新しいコピー機だったとしたら、どのように返事をしますか。「申し訳ありません。私は、まだコピー機の使い方がよくわからないのですが、お急ぎですか?」。そう話して、お互いに納得できる方法を相談しながら、仕事を進めるでしょうか。それとも、「使い方を知らないなんて知られたくない」「使えないヤツだと思われたくない」「バカにされたくない」と、知らないことを隠して、一人でがんばって試行錯誤するでしょうか?

「複雑性PTSD」の人は、後者の行動を取りがちです。

複雑性PTSDとは、トラウマの一種です。さまざまな困難を抱えた家庭環境の中で、子どもの頃から安心して自分の気持ちを受け入れてもらうことができず、助けや協力を得られないまま成長したという背景があります。何でも自分で解決しなければならないという思い込みが強く、それができないと世の中は受け入れくれないという潜在的な不安を抱えています。

責任感、義務感の強さが、仕事でストレスに

 (18141)

複雑性PTSDの人は、相手から自分がどう思われるか、どう受け取られるか、どう評価されるかということが、いつも不安で仕方がありません。自分が困っている気持ちをありのままに説明することができず、全部一人で抱え込んで悩んでしまう。引き受けなければならないという責任感や、応えなければならないという義務感などで、日々、大きなストレスを抱えています。

しかしこうした姿は、職場の人たちからは、「なんでもこなせる人」「責任感の強い人」「真面目な人」と受け取られがちです。そしてあなたは、「仕事を頼みやすい人」「仕事ができる人」という印象を持たれてしまい、その期待に応えるために、さらに自分に無理をさせ続けてしまう。それが、複雑性PTSDの人の職場での思考パターンです。

もしかして…と思ったらチェック!

職場で、こんな風に感じることはありませんか?

□自分ばかり損な立場になることが多い
□仕事を頼まれると、できないと言えない
□要領の良い人から都合よく利用される
□努力があまり評価されない
□急な変更に対処することが苦手

あなたは、自分と周りの人たちの仕事のボリュームが違うことに気が付くと「自分だけ割りに合わない仕事をさせられている」「どんどん仕事を押し付けられている」「都合よく使われている」。そんな不満やイライラが心の中に湧き上がってくることでしょう。しかし、誰にも気持ちを理解してもらえず、どんどん溜まっていく仕事と理不尽さに疲れ果てているのではないでしょうか。

仕事の基本、「ホウ・レン・ソウ」が苦手

 (18142)


複雑性PTSDの人は、「ホウ・レン・ソウ」が、とても苦手です。どんな仕事でも基本になる「報告」、「連絡」、「相談」。これを省いて、いきなり結果だけを示したくなるのが複雑性PTSDの心理です。なぜなら、「自分が相手からどう思われているか」という不安や恐怖感が、あなたの心の中を支配しているから。くわしい過程より「成果」だけを示すことで、自分が傷付けられることから逃れたい心理が働くのです。

複雑性PTSDは、長年積み重ねられてきた人生経験から生まれる“トラウマ”による心理状態です。心にPTSD(トラウマ)が生まれる原因は、「自分の力では、どうしようもない状況」を繰り返し経験させられたことが影響しています。「自分に対する無力感」を心の奥深くに刻み込まれてしまうのです。PTSD(トラウマ)が仕事でのストレスやトラブルを生んでいるかもしれません。

子どもの頃の支配環境から絶望感へ

「自分の力ではどうしようもない状況」とは、例えば子どもが親に支配されている環境のこと。幼い子どもが母親と一緒に買い物に行ったときに、母親がよそ見をしていたら、子どもが陳列棚から落ちているガムを見つけて「あ、ガムだ!」と拾い上げたとします。その瞬間、母親が振り返って「ちょっと何やってんの! それ、泥棒だよ!」と、子どもを叱り付けたとします。子どもは万引きなどするつもりではなく、ガムが落ちていたから拾っただけだったのに……。

こうした状態のことを、人間の環境への心理を表現する言葉で「状況の定義権」といいます。「状況の定義権」とは、「その場にいる人の中で最も決定権(支配力)を持っている人が、そこで起きていたことの意味を決めてしまうこと」をいいます。つまり「そういうことにされてしまう」ことです。

複雑性PTSDの人は、子どもの頃から、この「状況の定義権」の被害を受け続けています。「親の言うことはききなさい!」「言い訳するんじゃない!」「ウソをつくんじゃありません!」など、気持ちを理解してもらえず、状況の説明をさせてもらえなかった。一方的な親の解釈や価値観で事実をねじ曲げられてしまったり、理不尽な思いをさせられ続けられたりすると、どうせ自分の気持ちなど誰にも理解してもらえない! という絶望感が育ちます。

それが大人になった今、仕事へも影響し、自分で自分の職場環境をブラック企業として受け取ってしまうのです。仕事でつらい思いをしている人の中で、こうした経験はありませんか?
 (18143)

無意識に避けて通りたくなる「回避」の感情

複雑性PTSDの人が、「ホウ・レン・ソウ」を省いて、いきなり結果だけを示したくなる状態は、「回避」と呼ばれるトラウマ症状のひとつです。「回避」とは、「過去の経験から自分にとって脅威になると予測したことを避けて、身を守ろうとする思考・行動のこと」です。「傷付けられたくない」「嫌な思いをしたくない」「さげすまれたくない」という気持ちは、複雑性PTSDの人に共通した潜在的な不安感です。

「できない」「知らない」という、ただの「未経験な状態」は、複雑性PTSDの人にとっては「自分への評価が落ちること」を予測させられます。なぜなら、親や目上の人、ハッキリ意思表示をする友達など、自分より力が強いと感じさせられる立場の人たちから、繰り返し「状況の定義権」の影響を受け続けてきたからです。

「できない、知らないといったら、私は、無能な人間という評価をされてしまう!」という「回避の思考」から、「知りません」と言えずに、自分一人でなんとか解決しようと回避の行動を選んでしまうのです。そして、「知らない」「わからない」とすんなり言えて、みんなに相談しながら仕事を進められる人たちが、あなたにとっては無責任なやる気のない人たちに感じられる。さらには、憤りの気持ちが生まれてしまい、「こんな職場なんて!」と思ったら止められない。これは、何回も転職を繰り返す人にも見られる心の状態です。

最悪の予想をやめると、生きやすくなる

では、こうした過去の経験で身についてしまった「状況の定義権」からの不安感を、どうしたらなくすことができるのでしょうか?

それは、「あなたにとっての最悪の結果を予想するのをやめること」です。

あなたの心の中は、「~~に違いない!」という最悪の結果を予想して、その結果に備えようとする、ネガティブな思考パターンに支配されています。そして、思ったことが本当にその通りになってしまうと「やっぱりそうだ!」と、悪い予想をさらに信じてしまいます。これを心理学では「負の強化」といいます。

あなたは人間関係の中で「〜〜に違いない!」という固定観念に、いつも苦しめられています。自分の中にある固定観念を知ることで、「負の強化」を止めることができます。「できないと言ったらバカにされるに違いない!」と思うから、「できない」と言いにくいのですね。

苦しいのは自分のせいじゃない

 (18144)

毎日の生活の中で、ネガティブな予想が心に浮かんできたら、人に「相談すること」を増やしてみましょう。「相談」というのは、「自分は、こう思っている」「自分は、こう感じている」という、自分の気持ちを他者に打ち明けることです。

あなたの中に、「そんなことを思っていたなんて知られたら、バカにされる」「嫌われるに違いない」「どうせ理解してもらえるはずがない」。そんな気持ちがあるのだとしたら、それは過去の不幸な経験=トラウマが原因です。あなたの性格ではなく、被害経験から身についた、自分を守るための心理反応だったのです。

「相談」は、はじめは身近な人よりも、少し距離のある人から始めてみましょう。例えば、職場の相談なら、職場以外の人の方がリスクを感じることなく安心して話せますね。恐怖感を持たずに自分の気持ちを素直に話すことから、はじめてみてください。

そして、相手から期待していた返事が来なかったとしても、それはあなたが否定されたことではなく、違う意見が返ってきただけ。「相談」は、自分の気持ちを他者に知らせること、あなたのことを「知ってもらうこと」です。職場で人から理解されないのは、自分についての説明を省略してしまうクセがあるから。「どうせ、言うだけ無駄」という経験をたくさんさせられてきたためです。

あなたは、過去の「状況の定義権」の影響から受けたトラウマのために、自分を見せることができずに苦しんできました。あなたについて知ってもらうことは、周囲から理解してもらうことにつながります。誰も助けてくれないのは、誰も困っていることを知らないからです。職場の人に理解されづらい、仕事での人間関係がつらい人は、少しずつでもいいので勇気を出して「相談」してみましょう。きっと、心強い味方が増えていきますよ。